クルマ社会を問い直す会 トップへ
会報より トップへ

 持続可能な交通政策を求めて
−フランス・ストラスブールで考えたこと−

林 裕之

1 はじめに

 私は2006年7月17日より28日までフランス東部のストラスブール国際外国語センターでフランス語の夏期講習を受講しました。その間、フランスの公共交通機関を利用する機会が数多くありました。特に2週間滞在したストラスブールでは、市内の交通政策に関する資料を集めるとともに、市役所にも一度訪問する機会をもち、短時間でしたが交通政策について質問することができました。さらに、休日にはドイツの環境都市フライブルクやスイスのバーゼルなどを訪問しました。語学研修終了後はアルプス登山を主な目的としてスイスのサース・フェーにも行きました。もちろん日本からの航空機が発着するパリも訪れました。そこで今回の旅行を通して学んだことや考えたことを3回に分けて発表させていただきます。

2 温室効果ガス大幅削減を目指したEUの課題

 2005年2月に発効した京都議定書では、先進国に対し1990年を基準として2008年~2012年を第一目標期間とする温室効果ガス削減量の数値目標が定められました。EU諸国の場合は8%ですが、この目標は2010年には達成される見込みです。しかしこれは温暖化防止への第一歩にすぎず、関係国がすべて目標を達成できたとしても温暖化をくい止めるにはほど遠い状況です。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の警告によると本当に温暖化を防止するには地球全体で人類が放出する温室効果ガスを少なくとも60~80%削減しなければならないとされています。そこでEUでは、国別により大きな削減目標を設定し、削減計画を実行しようとしています。
 EU諸国が特に力を入れようとしているのは、交通部門における温室効果ガス削減です。EU諸国は全体としては温室効果ガス削減に成功しているものの、交通機関による温室効果ガス排出量は2002年時点で1990年よりも22%も増えているからです。
 交通分野での温室効果ガス削減を実行するために避けることができないのは、自動車(利用)割合の削減です。自動車は大きな温室効果ガス発生源になっているからです。特に自家用車は1人あたりの温室効果ガス排出量が鉄道の約10倍に達する、「環境破壊のチャンピオン」です。

3 フランスの交通政策について

 EUの加盟国の一つであるフランスでは、1982年に交通基本法が成立しました。この法律には、「交通権」というものが明記されています。この権利の活用により、国民がより合理的にまた適正な価格で国内を移動することができるとされています。そして特に公共交通機関の役割が重視されています。
 交通基本法は1996年に改正されました。その改正された法律の中で強調された事項の1つは環境保護です。これにより公共交通機関重視の流れはいっそう強まることになりました。
 フランスでは都市交通機関の建設には国などからの補助金があります。運営費は各地方が財源を確保することになっていますが、フランスには交通負担金制度というものがあります。これは地方で交通政策を実施する部局が、国によって定められた都市交通圏内の従業員10人以上の企業から賃金総額の一定割合を税金として徴収して、公共交通機関の投資や運営の財源とする制度です。税率は0.5~2%程度で都市交通圏の人口などによって異なります。こうした制度が公共交通機関の維持発展に大きな役割を演じています。
 フランスの公共交通機関の中で、特に世界をリードしているのは鉄道です。1981年、パリ−リヨン間で最初のTGV(フランス版新幹線)が開業しました。以来、大西洋線、ローヌ・アルプ線、地中海線などが次々と開業し、2007年には東部のストラスブール方面に延伸される予定です。営業最高速度も320kmに引き上げられます。そのほかにも、ユーロトンネルを通ってロンドンまで乗り入れるユーロスターやベルギー及びドイツに乗り入れるタリスという高速列車が運転されています。また、トラム(市内電車)の復活・新設・路線延長がストラスブ−ルをはじめ各都市で相次いでいます。

(写真1)
 スイスのロザンヌ駅に乗り入れたフランスのTGV

 

 ストラスブールの交通政策について

 現在はフランスの東部に位置し、フランスとドイツの間で5回も所属が変わったというストラスブールは旧市街が世界遺産に登録されている人口約26万人の美しい都市です。今年(2007年)6月にはTGV(フランス新幹線)の乗り入れが実現し、パリから約2時間20分で結ばれる予定です(現在は在来線特急列車で約4時間)。
 この都市では自動車依存からの脱却を目指して様々な取り組みがなされています。都心には自動車進入禁止ゾーンが設けられています(写真1)。その入り口には車止めが設けられています(写真2)。都心の住民や事業者など自動車がどうしても必要な人には特別のカードが与えられ、そのカードを車止めのセンサーにかざすと車止めが下がり、都心に自動車を乗り入れることができるようになっています。この車止めがある付近までは一般の人も自動車を利用できるのですが、市ではできる限り自動車を利用せず、公共交通機関を利用するように呼びかけています(写真3参照)。公共交通機関としては、トラム(LRT、次世代型路面電車)やバスの路線が発達し、多くの乗客を運んでいます。また、各道路には広い自転車道が設けられ、たいへん多くの人々が通勤・通学・買い物などに自転車を利用しています。これは日本ではほとんど見られない光景です。
 ストラスブールで公共交通機関の運行をしているのは、ストラスブール交通公社(Compagnie des transports strasbourgeois)です。トラムは現在A線(22停留所)、B線(20停留所)、C線(13停留所)、D線(起<終>点の1停留所を除いて路線がA線と重なる、2006年7月時点では工事のため運休中)の4路線あります。トラムは都市の東西南北の広い地域をカバーしていますが、さらに大幅に路線を伸ばすために各地で工事が行われています。SNCF(フランス国鉄)の路線に乗り入れるトラムトラン(tram-train)の計画も進められています。ストラスブールのトラムは出入り口の幅が約1.5mと広く、低床式となっているため、高齢者や障害者にも乗降がしやすくなっています。運賃はバスと共通の切符でどこまで乗っても1回1.3ユーロ(200円程度、2006年7月時点)です。1時間以内であれば1枚の切符で乗り換えることができます。都市外周部の駅には駐輪場が設けられ、トラムの定期券所有者などは無料で利用できる他、ラッシュ時を除いて追加料金なしで自転車をそのままトラムに乗せることができます。また、やはり外周部の駅には駐車場が設けられ、トラム利用者は安価(実質的にはほとんど無料)で利用できます。パーク&ライド(Parkings et relais)のシステムが整備されています。
 トラムは午前4時半頃から午前0時半頃まで運転されています。運転間隔は時間帯によって異なりますが、約5~6分です。ただし、土曜日の運転間隔は約7~8分、日曜・祝日や早朝深夜は12分前後になります。また路線のほとんどがA線と重なるD線は日曜日の運転はありません。
 バスはトラムがカバーできない郊外の地域や人口が希薄な地域をカバーしています。また、トラムとの乗り換えが容易にできるよう、駅のすぐ近くにバス停が設置されていることが多いです。

(写真2)
 ストラスブール都心の自動車進入禁止ゾーン(オム ドゥ フェー付近)

(写真3)
 グーテンベルク広場にある自動車の「関所」。写真の中央よりやや左側に人の身長の半分くらいのポールが2本とその真中に30cmくらいポールが1本ありますが、カードをセンサーにかざすと真中のポールが下がり、特別に許可された自動車のみ都心に乗り入れることができるようになっています。

(写真4) 
 街角でよく見かける公共交通機関利用を促す看板。中央部の太い文字は「本日は空気中のオゾンが高すぎます。がんばって、公共交通機関を利用してください。」という意味(「本日は」と書かれているが、この看板は毎日出されている)。左下の小さな文字は「猛暑の時や風のない時には、あまりにも濃密な自動車の排気ガスが空気中のオゾン濃度を高めます。私たちの環境を守るため公共交通機関を利用しましょう。」という意味。

 

 フランスの交通政策の問題点とまとめ

 日本では大都市を除き、通勤や日常の買い物、レジャーなどで成人が利用する交通手段の大部分が自家用車で、公共交通機関や自転車の利用はきわめて少なくなっています。また地方の鉄道やバス路線の廃止が相次ぎ、自動車依存の傾向がさらに強められています。こうした状況が、事故の多発、大気汚染や地球温暖化の促進、道路建設費増大=財政赤字拡大などの多くの深刻な社会問題を引き起こしています。
 フランスもやはり車社会です。むしろその歴史は日本より古いといえます。しかしそうした自動車依存からの脱却を目指して大きく動き始めていることも事実です。その代表例の1つがストラスブールです。都心部での自動車の通行を制限する一方、公共交通機関や自転車を利用しやすい環境をつくり出しています。市民もそれに応えて公共交通機関や自転車をよく利用しています。こうした交通政策はより美しく安全な町づくりに貢献していることは間違いないと私は考えます。ただ、フランス全体の公共交通機関について考えた場合、問題点もいくつかあるように思えました。それについて少し述べてみたいと思います。
 フランスでは年中行事のように公共交通機関のストがあります。ストは労働者の権利として重要ですが、これが繰り返されたり、長引いたりすれば公共交通機関に対する信頼が低下することにもなります。労使間の問題をスト以外の手段で解決する努力が大切ではないかと思います。
 ストラスブールのトラムはスト以外にも、たとえば町の中心部で大きな行事がある日など、一部区間が運休することが時々あります。各駅には事前に張り紙が出され、地元の人はそれにもうまく対応しているようですが、旅行者などにとってはやはりかなり不便です。
 地方のバス路線の中には土曜日は本数を大きく減らし、日曜日には運転しないというところがあります。鉄道も日曜・祝日はかなり本数を減らす路線があります。ヨーロッパでは「安息日」である日曜日は、商店なども休みのことが多いのですが、交通機関までが運休すると生活が不便になります。
 パリには地下鉄が14路線もあり、また運賃も安く(どこまで乗っても、また何回乗り換えしても1回1.3ユーロ〔200円程度、2006年7月現在〕)、便利です。しかし利用者が多い割にはエレベーターやエスカレーターなどの設備が十分ではありません(まったく存在しない駅もあります)。これは高齢者や障害者の利用を困難にしているのではないかと思われます。
 ストラスブールでは都市の外周部のトラムの駅には駐輪場が整備されていますが、それ以外ではフランスで駐輪場が整備されている駅は多くはありません。確かに自転車を直接列車やトラムに乗り込ませることができるのですが、ラッシュ時は不可能ないしは困難です。この点を改善する必要性を感じました。
 このようにフランスの公共交通にも様々な問題があります。しかし、フランスの交通政策、特にストラスブールなどの先進的な取り組みは大いに参考になると私は考えます。現在の日本のあまりにも問題が多い車優先の社会を変革するために、これからも世界各国の交通政策について学んでゆきたいと思います。

(写真5)
 シャモニ・モンブラン駅に停車中の列車。自転車と一緒に乗ることができる。